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[ジョセフ・E・スティグリッツ氏]TPPと規制緩和を問い直す

CATEGORY : SOCIETY DATE : 2013/07/04

転載元より抜粋 > コトバkotoba 13/6月号

TPPは特定集団のために「管理」された貿易協定だ

貿易政策について非常に重要なポイントは、TPP(環太平洋経済連携協定)をはじめとする自由貿易協定が「自由」な貿易協定ではない、ということです。

「もしある国が本当の自由貿易協定を批准するとしたら、その批准書の長さは三ページくらいのものだろう。すなわち、両国は関税を廃止する、非関税障壁を廃止する、補助金を廃止する、以上」
実際の貿易協定の批准書がどんなものかご覧になったことはありますか? 何百ページ、何百ページと続くのです。そんな協定は「自由」貿易協定ではありません。「管理」貿易協定です。

こうした貿易協定は、ある特定の利益団体が恩恵を受けるために発効されるものです。特定の団体の利益になるように「管理」されているのが普通です。
アメリカであればUSTR(米国通商代表部)が、産業界のなかでも特別なグループの利益を代弁している。とりわけ政治的に重要なグループの利益を、です。

九九パーセントの国民の生活を犠牲にするTPP

 たとえば、ジェネリック医薬品の価格は高騰し、医療へのアクセスが難しくなり、多くの人が死ぬことになるでしょう。環境や資本の流れなどあらゆるところで、悪い影響が国民に降りかかってくるでしょう。貿易協定は人々の生活を苦しめる結果を生むのです。

 もうひとつ例をあげてみましょう。GMO(遺伝子組み換え生物)についてです。消費者は食料品にGMOが含まれていることを知る権利があるのか、ないのかという議論が今、アメリカであります。ほかの諸国の多くは、規制はしないけれども、国民が知る権利はあるだろう、という見解です。

 ところが、USTRは、国民に知る権利はないと主張しているのです。それは、USTRが特定の団体の利益を反映しているからです。このケースの場合、USTRが代表しているのは(遺伝子組み換え作物に力を入れている)モンサント社の利益です。

 USTRはアメリカ国民の利益を代弁しているわけではありません。ましてや日本人の利益のことはまったく念頭にありません。

貿易協定と国内の法規制との対立

 日本には日本独自の規制がある。たとえば大型車には余計に税金がかかるという制度です。排気ガスという点でも、燃費という意味でも、大型車には問題があるから、税負担も重くしている。私としては、これはとても合理的な税制だと思います。
しかし、(大型車を輸出したい)アメリカは、こうした税制を反米的な政策だと見るわけです。

ですから、日本にとって重要なのは、反・自由貿易的だとか、反米的だと批判されても、その批判に屈しないことです。軽自動車への減税を日本人はあきらめてはいけないのです。
目指すべきは規制緩和などではないのです。議論すべきは、適切な規制とは何か、ということです。

「規制を取りはらえ」という考え方は、じつにばかばかしい。問うべきなのは、どんな規制が良い規制なのか、ということのほうなのです。
先進工業国のなかでアメリカがもっとも格差がひどいのは、規制緩和のせいなのです。規制緩和という政策のせいで、不安定性、非効率性、不平等性がアメリカにもたらされました。そんな政策を真似したいという国があるとは思えません。

ウォールストリートの言いなりになるな!

もし日本が危機的な状況に陥りたくないのなら、重要なことは、アメリカ流のやり方を押し付けるウォールストリートやアメリカ財務省の言いなりになるべきではない、ということです。
必要な変化を進めようとするときに、それを妨げる既得権益グループというものが存在するのも確かです。

 しかし、自由化や規制緩和を進めるときには、心に留めておくべきことがあります。自由化それ自体が、ある特定の利益団体の狙っていることであり、彼らの利益になるということです。
TPPに関してもそれはまったく同じ構図なのです。アメリカの一部の利益団体の意向を反映するTPPの交渉は、日本にとって、とても厳しいものになることを覚悟しなくてはなりません。

規制緩和が世界金融危機を引き起こした 

規制について、ここではっきりさせておきましょう。規制緩和が世界金融危機を引き起こしたのです。規制緩和がバブルを生成させたのです。もちろん、そんなバブルのような好景気は持続可能なものではありません。アメリカが率先して金融部門で規制緩和をして、その結果、世界全体が打撃を受け、この大不況に突入したのです。

 ブレトン・ウッズ体制に戻ることができない以上、金融部門、とくに短期の資本の流れに、適正な規制をかけて、我々は世界経済の安定性を取り戻すしかないでしょう。今、日本のみならず、世界中で量的緩和が行われていますが、小国が量的緩和をしてもグローバルな影響はありません。

しかし、アメリカのような大国が量的緩和をするとグローバルに影響を及ぼします。しかもアメリカでの実体経済にはおりてこないで、アメリカ以外の海外資産に使われます。為替市場に向かう場合も、(資源・エネルギー・食糧などの)コモディティ市場に向かう場合もありますが、その過剰流動性が世界経済の不安定さを助長しています。

イノベーションの方向転換が必要だ

安倍総理が掲げる三本の矢のなかでもっとも難しい三本目の矢の成長戦略についてお話をしておきたいと思います。持続可能な成長を促すためにいかにお金を使うか、これは非常に難しい問題です。

新興国市場の存在感が日に日に増している現代で、そうした国の消費者がアメリカやヨーロッパと同じように消費したらどうなるか。私たちの地球はもたないでしょう。

持続可能な成長を成功させるためには、「イノベーションとは何か」という考え方そのものを定義しなおさなくてはならないのです。
これまでのイノベーションといえば、人が働くコストを省くことに焦点を合わせてきました。その結果、他方では高い失業率に悩まされています。これはパズルみたいなものです。

これほど失業率が高いときに、さらに失業者を増加させることにつながる、労働力を省くイノベーションを追求していていいのか。

我々には新しい成長モデルが必要です。今までと同じようなやり方で、これからも成長することはできない。そこが明確化されているかどうかが非常に重要なのです。

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